今、ここから、これから

60歳代に入ったわたしのお喋り

時間が経ち哀しみが癒えていくように。

hima-udt-123のブログ

おはようございます。

himaです。


朝、目覚めカーテンを開けると

太陽のヒカリがさしこんできた。


嬉しくなった。


ベランダに出て、洗濯物を干そうとした。

ベランダも、見下ろした下の道路も

濡れていることに気づいた。


あれ、雨が降ったんだあ。


ぐっすり眠っていて

雨音にまったく気づかなかったのかもしれない。


でも、そんな雨に気づかないくらい深く眠れたこと

そして、目覚めたときには青空が広がっていたこと。


なんだか、それだけで「ありがたいなぁ」と思える朝だった。




実は先日、お寺さんが来てくださる

月一回の法要があった。

無事にひと通りの儀式を終え

お寺の住職さんと身内と

お茶を飲みながらお話をしていたときのことだ。

法要の話になり

私は「確か、来年だったなぁ」と意識していた。


すると、隣にいた身内が、ハッとした表情で呟いた。

「えっ……もう、そんなに経つの?」

その言葉に、胸がきゅっと締め付けられるような

それでいてどこか救われるような

不思議な気持ちになった。


本当に大切な人を亡くしたとき。

世界が色を失ったような寂しさと

深い哀しみに包まれる。

涙が枯れるまで泣いて、泣いて

それでも私たちは、明けない夜はないように

生きていくしかない。


あえて忙しくしたり

人前で平気なふりをしたり

目の前の仕事や家事をこなしたり。

そうやって必死に「日常」を取り戻そうと過ごしているうちに

気づけば、これだけの時間が流れていた。

身内のその言葉は

それだけ一生懸命に今日までを生きてきた証拠なのだ

と。


大切な人を亡くした悲しみは

いつか時間がいやしてくれる。


本当にそうなのかもしれない。


もちろん、哀しみの深さも

感情の波の大きさも

どれだけの時間が必要かも

それぞれ違う。

誰かと比べるものではない。


今、どんなに深い夜の中にいても

いつかはその哀しみを

一歩を踏み出す立ち上がる力に変えていけたら。


あぁ、今幸せだなあ

と、感じれる瞬間が

いつかひとときでも訪れるなら

それだけで、救われるのかもしれない。


晴れ渡った空の下で

洗濯物を干しながら

ふと、そんなことを優しく想う時間があった。


どうか、最後まで読んでくださった方が

穏やかな時間で過ごせますように。