時の流れを歩いていった。
お疲れさまです。
himaです。
今回は友達と言える人との共有した日のお喋りです。
私には友達と呼べる人は少ない。
年齢を重ねるたびに
人間関係は整理され
連絡を取り合う相手は、片手で数えることが出来てしまう。
そんなある日、幼馴染みの彼女から、連絡が届いた。
「今度、出張で関西に行くから会わない?」
と。
指定されたのは日曜日だった。
「会おう。」
と、短い返信を打った。
街の中は、人が多いだろうと
予想していたから。
どこに行きたいかを聞くと
彼女からはいくつかのお寺と神社の名前が返ってきた。
どれも馴染み深い
すでに何度も足を運んだことのある場所だった。

安心したような気持ちで当日を迎えた。
当日は、寺の最寄りの駅の出入口で待ち合わせした。
彼女の希望通りに古い境内をいくつか巡った。
見慣れた景色も、懐かしい友と歩くと少し違って見えるから不思議だ。
お腹が空く頃合いに
地元の食事処へ入り
移動して
神社に行き
その後は昔ながらの喫茶店に入った。
一年振りくらいの再会だからといって
ドラマチックな大事件の報告があるわけではない。
お互いに温かい飲み物を飲みながら
ぽつりぽつりと言葉を交わしていく。
交わされる近況報告は
親の介護のこと、自分自身の健康の不安
そして「終活」といった現実的なテーマへと移り変わっていた。
若い頃なら、恋や仕事の未来について語り合っていたはず。
恋愛の神社にも行っていた。
だけど、今では互いの不調や不安を並べ立て
気づけば愚痴の言い合いになっている。
不思議と嫌な空気にはならない。
突っ込んだり突っ込まれて
本音を話していく。
そして、すっきりとした表情になっていく。
とり留めのない愚痴を言い合い、共感し、発散する。
これこそが、女性たちの特徴なのかもしれない。
若い頃は、友達が少ないことにどこか引け目を感じることもあった。
でも、こうして飾らない自分でいられる相手が
人生に一人でもいてくれるなら
それで幸せなのだ
と。
大きな変化はないけれど
確かに流れていく時間。
神社仏閣の程よい人の多さと喫茶店の穏やかなお喋り。
愛おしい日曜日を過ごしながら
帰りの電車の中でひとり、心の中で
少ないからこそ愛おしい「友」の存在を
ありがたいと感じていた。
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